お名前を

 待ち時間が四時間を平気で超えるゲームを、最近やっている。
 オタクのような見た目をした男の中に混ざって、毎日一人だけ女の子がいた。
 他にも女性はいるのだが、毎日いるのは彼女くらいで、ここではちょっとした有名人。
 ただ、ゲームはほとんどやらず、いつも一緒に来ている彼氏を待っているだけ。
 ゲームを待っている客たちですらげんなりした顔をしているのに、彼女はどうなのかと思うが、実際げんなりした顔をしているときもあれば、座ったまま眠っていることもある。
 ほとんど無表情で携帯を見る彼女を見ることも最近の趣味になりつつあるが、無表情ですら彼女は可愛い。彼氏はイケメンではないが、どこでこんな子を捕まえたのか聞いてみたい。
 しかし、見ていると彼氏は、ゲームをやっているか、それ以外の時は友人たちと一緒にいることがほとんどで、彼女と二人で話しているのはほとんど見ないし、全く話さない日もあるくらいだ。
 それを見かねたのか、店員が世間話を振ったりしている姿を見るが、その時はちゃんと笑って受け答えする、というかむしろ、喜怒哀楽がはっきり表情に出る子らしく、ころころと変わる表情を見ていて楽しい反面、それを潰している彼氏に腹が立つ。


 ある日、いつも通り仕事終わりに行くと、いつも通り彼女がいた。
 ゲームの後ろ、から少し離れた椅子に座って首を傾けている。よく見ると眠っていた。
 手に持っている携帯は画面が消えていて、操作をしなくなってから時間が経っているのがわかる。
 横目で見ていると、その携帯がずるずると手の中で滑る。少し経った後、案の定その携帯は手から抜けて床に落ちた。
 かしゃん、と、ゲームの音の中で小さく音がする。
 彼氏は他のゲームの近くで友人と話している。彼女の携帯が落ちたことに気付いている人はどうやらいない。
 さすがに無防備すぎる、と思わず苦笑いをして、彼女の元へ歩く。
 これが、初めて彼女と接した日だった。


 人がたくさんいる中で、ほとんどはゲーム画面に夢中で他人の動きなんか見ていない。
 体を曲げて、床に落ちた携帯を拾う。ニーソ以外の姿を見たことがない彼女の足は今日も程よい太さの絶対領域を見せつけていて、足の下に落ちた携帯を拾う際にどうしても顔が近くなる。
 なるべく意識しないように拾い、彼女の手の中に戻そうと、少し携帯が手に触れたとき。
「ん……」
 漏れた声と、少し動いた頭が見えた。
「んん……?」
 ゆんわりと目が開いて、数回瞬きをした後、俺の顔を見る。
「あ、の。携帯、落としましたよ」
 まさか起きると思っていなかったから、声を出すつもりがなかった。絞り出した声が、自分でもわかるほどに裏返る。
「え……あー、ああ……ありがとうございます、ぅ……」
 のんびりとした表情で、のんびりとそう言う彼女は、完全に寝起き。携帯をしっかり握らせて、離れようとも思ったが、このまままた無防備に寝かせるのはな、と思ってしまい、とりあえず隣に座る。
 いくつかあいている椅子の中から隣を選んで座ったことに疑問を持ったか、彼女は目を擦りながら首を傾げた。
「あー……女の子一人で眠るのは危ないかと思って……見てるんで、もしなら寝てていいですよ」
 今思えば、初めて話す男に眠ってる間の監視を任せろなんて言われて信じるはずもないのだが、そこは眠ってしまうだけあるのだろう。彼女は何の疑いもなく笑った。
「優しい、んですね」
 えへへ、と言っていそうな顔で笑って、また眠たそうに瞼をぱちぱちとさせる。
「……彼氏さんが見ているべきだと思うんですけどね」
 つい、そう言ってしまって、すぐに間違いだと気付く。それは思っても、他人が言っていい言葉ではない。
「そうですねえ……でも、うん、彼はそれで楽しそうだから。私は、待つ、だけ……」
 それでも彼女は嫌な顔をせずに笑って、意識がもたなくなったのか、話を切らせたかったのか。目を閉じて頭を傾けさせた。
 初めましての男にこんなことを言われても嫌な顔一つしない、その性格だからこそ、これだけ放置されてもここにいるのだろう。あれだけ喜怒哀楽の出る子が、一つも出さずに座っているのだろう。
「――ごめんね」
 何を、察したのか。
 小さく声がしたと思って、彼女を見る。同時に、彼女の頭が俺の肩に落ちた。
「え、……」
 思わず漏れた声に、答えはない。
 ゲームの順番が近づく。
 ああ、いいや、と、呼ばれる自分の名前を無視した。


 彼氏が俺たちに気が付いたのは、それから三時間経った後だった。
 彼女の髪の細さや石鹸の匂いを感じて覚えきった後で、俺たちを見て顔をしかめた彼氏に、本気の怒りを覚えた。お前がそんな顔をする資格はない、と。
「あの」
 そう俺に声をかけた彼氏に、内心思いっ切り腹は立っていたが大人の対応をしなければならないと、全力で顔を作る。
「彼女さん、寝ちゃってて危なかったんで見てました。寝た後に寄りかかってきたんで、だいぶ疲れてたんじゃないですか?」
 それでも、嫌味はたっぷりに。すると彼氏は彼女を揺すって起こす。
 起きた彼女は俺に寄りかかっていたことを彼氏から聞いて、驚いた顔をして謝ってきた。
「あのっ、寝てたけど、えっと、迷惑かけてごめんなさい!」
 そう頭を下げた彼女は、店員と笑ったり落ち込んだりしていた表情よりも激しく、もしかしたら作った顔なのか?、と考えてしまって、とりあえずその場では「大丈夫です」と答えて話を流す。
 その後の彼女は、彼氏へのご機嫌取り。そんなことする必要ないだろと思うが、そこで口を出すと彼女の頑張りが水の泡になる。
 二人が帰る時。彼氏が一度、また離れて友達の方へ行く。そのタイミングを待っていたかのように、彼女は声をかけてきて。
「あの、さっきはごめんなさい。その、頭預けたの……」
「ああ、起きてて、わかってて寄りかかってきたでしょ」
 そう笑うと、息を飲んだような顔をして言葉を詰まらせる彼女。
「いいっすよ。こう言っちゃなんだけど、あんな彼氏じゃ大変だろうし……枕くらいいつでも」
 彼女の目が泳ぐ。口元は笑ったように作っているのに、目元が追いついていないその表情は、焦りしかなく。
「あの……」
 だんだんと、目と口の表情が合わさって。
「お名前、聞いてもいいですか?」
 小首を傾げる姿に、内心(なんでそんなに可愛いんだよ)とツッコミを入れつつ、そういえば名前を知らなかった、と苦笑い。
 「椎名実里です。貴女は?」
 「高野優莉です。よろしくお願いします、ですね」
 「こちらこそ。よろしくね」