スイッチ

「絵文字、嫌いなの」


 可愛くていつも皆の中心にいる人気者の彼女は、誰もいない教室の隣の席でぽつりと呟いた。


「疲れる。そう思わない?」
「え、えぇと……」


 僕は友達もいない、冴えないただの同級生。そんな僕に何故そんな話をしたんだろう。
 そう考えていると、彼女はそれを察したように呟いた。


「君に話したのは、君も使わなそうだったから。意外とハートマークとか使うタイプ?」
「顔文字すら使わないタイプ……」


 ほら、やっぱり。
 そう笑った彼女は、やっぱり可愛い。


「最近の子って、絵文字使わないと怒ってる? って聞いてきたりするのよね」


 ぼんやり。彼女は黒板を見ているようで、記憶を見ているようで。視点は定まっていなかった。


「絵文字を使わないのは、むしろ信頼の証。なのに……」


 そこで彼女は言葉を止めた。横目で見れば、少し下唇を噛んで何かに耐えるような表情をしていた。


「んと……、僕は平気だよ?」


 意外とすんなり、言葉は出てきてくれた。


「絵文字のないメールは、僕はむしろ楽だから。君の相手くらいは……」


 彼女の方を向くと、彼女も僕を見ていて、ハッとした。


「ご、ごめんっ! なんか上から目線の言葉だった! っていうか僕のことなんか信頼してないから無理だよね!」


 手をばたばたさせながら弁解する。彼女の表情は変わらなくて、やっちゃった、と心中で呟く。


「……携帯、出して」


 ぽつり。彼女が呟いて、僕はわけもわからず、とりあえず携帯を出す。
 ぴろん。
 僕と彼女の携帯が操作されて、小さく音が鳴る。


「僕なんか、って言葉は、やめた方がいいよ」


 僕に携帯を返しながら彼女は言う。曖昧に返事を返しながら自分の携帯を見ると、彼女の名前とアドレスが入っていた。


「え、これって……」


 言いかけて、教室のドアが開く音。そこには、いつも彼女と一緒にいる男女数名。


「待たせてごめんねー!」
「んーんっ、平気だよーっ!」


 友人たちに向けられた彼女は、まるでスイッチが入ったようだった。
 僕と話した彼女が本当の彼女なら、普段は相当頑張っているはずだ。
 そんなことを考えているうちに、彼女らは僕を見ることもなく帰っていった。僕は、彼女の名前が表示された携帯を見る。


「これマジかなあ。なんかのドッキリかな、……あ!?」


 独り言を言いかけて、携帯が唸る。表示されたメールの受信画面には、彼女の名前。


《ドッキリじゃなくて、マジだから。よろしく。》


 絵文字も何もない、一行のメール。それがとてつもなく、嬉しかった。