動かない大図書館

 ドアを開けると、いくつもの本棚が目に入る。珍しく窓を開けているのか、風と一緒に古い本の匂いがした。


「カナ、」


 部屋の、そして数百とあるであろう本の所有者である俺と同い年の魔法使いの名前を呼ぶ。


「カーナー。」


 さして広いとも言えない部屋には、無数の本と、それを収納し切れない本棚が並んでいる。女の子の部屋らしく、一応足の踏み場はあるものの、生活感が全くない。


「いるんだろう?」


 部屋の隅、本棚が切り取られ、シングルベッドと小さな机が置いてある場所へと顔を出す。カナは普段はそこで本を読んでいるのに、今日はいなかった。


「あれ、いないのか……?」


 本棚を抜けた先がもぬけの殻なのは年に一度、あるかないかである。そんな珍しいタイミングに来れたことは幸運か、はたまた、ここで運を使ってしまったと沈むべきか。そもそも良い運ではないわけだが。


「カイ、ここよ」


 ベッドのあるスペースの反対側から、透き通った幼い声が聞こえる。驚いて振り返ると、長い黒髪と分厚い本を床に散乱させたカナがいた。


「何だ、床に座って読んでるなんて珍しい」
「少し調べたいことがあったのよ」


 そう言っている最中もカナはぶつぶつと何かを唱え、それに続いてカナの周りには薄く光が灯る。


「……上手く行かないのよね、どうしてかしら」
「さあ。カナがわからないことは俺にもわからないよ」


 知識は、カナには俺はだいぶ劣る。そりゃ、毎日本を読みふけっている子に知識で勝てる気なんかしない。


「ふう、少し疲れたわ」
「たまには外に出たらどうだ? 今日は良い天気だぞ」
「嫌よ」
「どうしてそんなに外を嫌がるんだ。窓は開けてるんだから、陽の光が嫌ってわけじゃないだろう?」
「暑いのは嫌いなのよ」
「冬も出ない癖に」
「冬は……寒いから嫌なの」
「我儘」
「そうよ。だから私は此処が一番落ちつくの」
「だから体も弱くなるんだ」
「いいのよ。此処に居れば強くある必要がないもの」


 ふん。
 そんな声が聞こえるような顔をして、カナはまた本に向かってしまう。


「ったく。嫁の貰い手が無くなるぞ」
「あら、それは心配ないわ」
「どうして?」
「カイが貰ってくれるでしょう?」


 そう言った途端、カナの周りに、大きな紫色の光が灯った。
 俺は驚いて少し後ずさる。
 カナは再度、何かを唱え、本を無造作に置いて立ちあがる。
 少し下にある漆黒の頭が、至近距離で俺を見上げた。


「貰ってくれないの?」
「…………っ」


 俺は顔を背ける。カナの、くすくすという可愛らしい笑い声が聞こえた。