飴玉

 彼女が職場に来て数ヶ月。人と接することが苦手な様子だけど、話しかけてみるとよく笑う、小さい年上の女の子。
「飴ちゃんをあげよう」
 毎朝バッグも持たず、携帯と財布を体より少し大きい上着のポケットに入れて、半分寝ているような顔で出勤してくる。長い髪を結いながら自分の持ち場にふらふらと歩いている最中、いつも俺は彼女を捕まえて、毎日違う飴を渡す。
「おっ、やったあ」
 直前まで無表情だった彼女の顔に花が咲く。まだ少し眠たそうな目で俺を見上げて、ふわりと笑って髪を結い終わる。
「飴、好き?」
「好きだよー」
 その場で封を切って、小さな飴玉を口に放り込む。その小さな口にはそれでも大きいようで、言葉にならない感謝を言いつつ笑顔で持ち場に向かう。

「おはよ。ほい」
 飴玉を渡し始めてから一ヶ月と少し。毎日変わらない笑みの中から彼女の味の好みをわかり始めた頃。
「毎朝くれなくても……ん、んん」
 いつも通りその場で封を切って、飴玉を口に放り込んで。珍しく、彼女の表情が歪んだ。
「どした?」
 肩よりも下にある彼女の顔を覗き込むと、少し涙を浮かべていた。
「た、炭酸、にがへ」
 体が小さいわりに仕事はなんでもこなして、自分より背の高い納品物もいつの間にか全て片付けてしまうような、仕事が出来る彼女ばかり見ていたので、彼女の苦手なものを見るのはこれが初めてだった。苦しんでいるわけではない、炭酸が苦手というだけの可愛い苦手は、正直とても可愛いと思ってしまった。
「あー、三ツ矢サイダーの飴もダメなの?」
 思わず頭を撫でると、綺麗に結った髪が少し解けた。けれど彼女はそれにも気が付かない様子で、手の中で頭をこくこくと縦に振る。
「したべらいひゃいいたい
「あーあー。べーってしな」
「んん、それはもっはいないもったいない
 涙がだんだんと収まってきて、表情はいつもの、花が咲く前の眠たそうな目に戻っていく。
「じゃあ食べる?」
「んーん……ん。」
 まだ俺たちの他に誰も出勤していないバックヤード。覗き込んでいた俺の首元を彼女はぐいと掴んで、目を見開いた下の方で彼女が背伸びをしたのがわかった。
「――、」
「いっつもおいしーの、ありがとね」
 口の中で弱い炭酸が弾けた。
「あ、のなあ、バレたらどう、」
「案外誰も見てるし、誰も見てないよ」
 舌で唇をなぞった彼女は、いつもより紅い花を咲かせて、炭酸と違う柔らかい匂いと体温を残して、背を向けて去っていった。